学生時代の部活は本気になってやってはいけない

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どうも、ミッツです。

現在、部活に入って一生懸命運動を頑張っている人に伝えたい事があります。
それは、”本気になって取り組んではいけない”ということです。

正確に言うと、”怪我をするまで無理して取り組んではいけない”という事です。

今後の人生の事を考えて自分の身体を大切にしないと怪我に悩まされる人生
をおくることになってしまうからです。

僕自身が学生時代にサッカーを無理して取り組んだが為に大怪我をしてしまい大変な苦労をしました。

中学2年で左膝が悪くなる

中学に上がりサッカー部に所属してからというもの馬鹿みたいに
サッカーをする生活をおくるようになりました。

今思うと本当におかしいくらいに体力がありました。
人生で一番体力があったのはこの時期だと思います。

夏休みなんて朝から昼まで部活でサッカーして一旦家に帰ってまた
グランドに行き友人と日が暮れるまでサッカーをするという生活を毎日おくっていました。

そんな日々をおくっていたので中学2年の頃から左膝に違和感を感じるようになりました。
痛みの感覚としては激しく動いた際に膝の中で引っ掛かりが起きるような感じの痛みでした。

たまに痛む程度だったので我慢してごまかしながらしばらく過ごしていました。
当時の僕は少しくらいの痛みなら我慢してどうにかするという根性論的な考えを持っていました。

※今思えばこの考えは非常に良くない ダメ根性論。

近所の整骨院に通う事になる

その後さすがに気になって近所の整骨院に通う事にしました。
しかし近所の整骨院レベルの診察ですから湿布もらって電気治療のリハビリに通ってください
と言われその後電気治療のリハビリに通う事になります。

今思えばの整骨院で診てもらう事が間違いなんですが、
しばらく電気治療に通えば治るだろうくらいに思っていました。

しかし、2~3ヶ月通っても一向に膝の状態は良くなりませんでした。
当時の僕にとってサッカーは自分の全てと言っても過言ではないくらいの
打ち込みようだったのでサッカーができない日々はそれはそれは辛い日々でした。

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病院で診てもらう事になる

電気治療でまったく良くなる気配がなかったので整形外科で診てもらう事にしました。
するともっと詳しく調べた方がよいという事になり紹介状を書いて貰い大きな病院で診る事になりました。

その後、精密検査をして事態が急変します。

手術決定!

 

「おいおい! 電気治療全く意味ねーじゃんかよ! あの整骨院のじじいマジで許さねぇ!」

14歳の僕にとって手術とはそれはもう死みたいなもんです。
手術という絶望と電気治療をした整骨院への怒りでいっぱいでした。

入院前日に抱えていた左膝の爆弾が爆発する事態発生

手術日が決まり入院する日も決まり僕は入院する前日の日曜日に友人達と遊びに出かけました。
その帰り道に悲劇は起きてしまうのです。

自転車に乗っていた僕は左側にある自動販売機でジュースを買おうと思い、
乗っていた自転車を降りようと左足を地面に着きました。

左膝の爆弾が爆発しました。

激痛が走り、膝を曲げることも伸ばすことも出来なくなってしまったのです。
自分で自転車を漕ぐことが出来なくなってしまったのですが、
運よく友人宅の家が近くにあり、軽トラックで自転車ごと自宅まで運んでもらう事に・・・

この左膝の爆弾の爆発により事態は深刻になっていきます。

手術を2回する事になる

本来ならば一度で済んだはずの手術が前日の爆発により
さらに悪化してしまい二度手術をするはめになりました。

(可哀想すぎるだろ自分・・・)

一度目の手術で針金で骨を固定し、骨がくっ付いたら二度目の手術で針金を摘出する。
針金とかボルトで固定というような手術をした事ある人なら分かると思うんですが
その部分を押すと針金が入ってるって分かるのがとっても気持ち悪いんです・・・。

もう中学時代のサッカーは終わったなと思いました・・・。

ギブスの恐ろしさ

一度目の手術が終わり膝を固定するために足にギプスを巻かれました。
足の付け根から足首まで。

膝なのに足首まで固定する必要ある?長すぎじゃない?ってな感じでした。

このギブスをどれくらいだったか多分1~2ヶ月くらい固定していたかと思います。
そしてやっとギブスを外した時に自分の左足を見て衝撃を受けます。

なんだ!? 枯れ枝みたいなこの足は!?
なんと左足は右足の半分くらいの細さになっていて枯れ枝のようになっていたのです。

そしてさらにギプスの固定により膝の関節が全く曲がらなくなっていたのです。


マジで1ミリも曲がらない・・・。

こんな足でまたサッカーができるのだろうか? 絶望的な気持ちになりました・・・。

リハビリでは曲がらなくなった膝を曲げるようにする訳ですがどうやって曲げるのか?

答えは簡単です。

医者が力で無理矢理曲げるのです。

僕が暴れないように看護師5人くらいに抑えつけられて先生が膝を無理矢理まげるのです。
どれくらい痛いか例えるなら、膝の関節を逆方向に無理矢理曲げられる感じです。

膝って逆方向には曲がらないじゃないですか?
その曲がらない方向に無理矢理曲げるような感じです。

想像すると痛そうでヤバいでしょ!?
そりゃもう泣き叫びました、そして暴れました。

だって先生と看護師に対して、「止めてください」じゃなくて、

「やめろ! やめろっつってんだろぉおおおおぉーーー!!」

って言ってましたからね、敬語を使う余裕なんてものはなくて
心の底からの魂の叫びでした。

後遺症が残る

その後、針金の摘出手術を受けてリハビリを頑張りまして一応完治はしましたが
中学時代はろくにサッカーはできまんでした。

怪我をする前の同じ100%の状態に戻すという事はとても難しく
手術後は左膝の可動域が若干狭くなり膝周辺の皮膚の感覚が鈍くなってしまいました。

怪我する前に比べてジャンプ力も落ちてしまい、バネも失われてしまいました。

時は過ぎ30歳でまた再発

中学時代に一応完治はしましたが医者には再発をする可能性が0ではないと言われました。
でもその後も高校でサッカーをしましたし大人になってからもサッカーや運動をしても大丈夫でした。

ですが、また悲劇が起きてしまうのです。

30歳で再発してしまう

(オレ可哀想過ぎない? 人生ハードモード選んだ覚えないんですけど・・・)

中学の時に治ったと思っていたのに15年越しにまた苦しめられる事になるのです。
今回は一度の手術で済みましたがしんどい事に変わりはなくもう勘弁してくれよという感じでした。

まとめ

このように学生時代に無理にサッカーをしてしまったが為に結果、手術を3回する羽目になりました。
怪我を完治させるためにかかる苦労や労力やお金や時間を考えるととんでもないものがあります。

今思えばですが、痛みを感じていた初期の頃に我慢せずに病院に行くべきでした。
少しくらいの痛みは我慢するなんて根性論は古いです。

指導者も生徒の怪我に対して配慮する必要があります。
身体の調子が悪い事に理解を示さない指導者は指導者失格です。

そのスポーツでプロを目標にしているのではないのならばストイックになり過ぎず
自分の身体を大切にして怪我をしない程度に部活に取り組んだ方がその後の人生の為にも
大切な事だと思います。

部活をしている時間よりも部活をしていない時間の方が
人生では圧倒的に長いのだから!

身体を大切に!!

それでは、ミッツでした!

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