死にたいとき辛いときは、新しいこと楽しいことワクワクすることをやったらいい。


「もう死んでしまいたい、生きているのが辛い…。」

誰しもそんなことを思ってしまうことが人生にはあると思う。

僕も過去にそんな時期があった。

そんな時、どうやって乗り越えたか?

それは、

「新しいこと楽しいことワクワクすることをして、

暗い気持ちが入り込む隙間を与えなかった」

そうやってなんとか乗り越えることができた。

「もう無理だ死にたい」

って思ってる人にちょっとでも参考になれば幸いです。

暗い気持ちにのみ込まれてしまう

僕は現在36歳だが25歳の時に両親が離婚した。

その時は家庭内が荒れに荒れてひっちゃかめっちゃかの状態になった。

関連記事:【実体験】こんな家庭は崩壊する、こんな夫婦は熟年離婚する、その原因や特徴をあげる。

父親は狂ったように暴れ母親に対して包丁を向けるまでのことをした。

今でも記憶から消えることなくトラウマになっている。

家庭が崩壊した後、僕は父親と2人暮らしの生活になりその生活は約2年半続いた。

両親から汚い物を散々見せられて自分の命の意味が分からなくなった。

「こんな2人から生まれた自分の存在って一体何なんだろうか?」

どんどんと暗い気持ちにのみ込まれてしまい生きているのが辛くて、
死んでしまいたいなんて精神状態になっていった…。

頭の中に家庭が崩壊した時の嫌な記憶がこびりついてしまって、
ふとした瞬間に思い出して暗い気持ちに襲われてしまう状態になっていた。

とにかく家にいないで外に出た

当時の僕にとって家は家庭崩壊の惨劇が起きた場所ということで

「家はマイナスの場所」

という感覚になっていた。

だから、

とにかく家にいたくなくて家にいる時間を極力減らした。

家にいて父親と2人になることも嫌だったので。

  • 友達の家に行ったり
  • 適当に車でドライブしたり
  • 買い物行ったり

とにかく家にいないで家は寝る為だけの場所という感じだった。

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新しいことワクワクすることで気持ちを埋め尽くす

気を抜くと暗い気持ちに飲み込まれてしまうので当時の僕がとった行動は、

  • 暗い気持ちになる隙間を与えない。
  • 闇が入ってくる隙間を作らない。

ということだった。

新しいことワクワクするようなことを無理矢理にでもするようにした。

ちなみに「ウェーイ!」みたいなノリをする側の人間になったとかではないよ。

あの「ウェーイ!」のノリは自分には一生できない、アレは無理。

別に否定とかじゃなくてアレは生まれた段階で、できるできないは決まってる。

母親のお腹の中にいる頃から「ウェーイ」できるやつは、
「ウェーイ」してるものきっと。

そんなこんなで、

家庭崩壊後の栃木から東京へ上京する約2年半くらいの間は、
それまでインドアだったけど割とアクティブに動いた。

初めて1人旅行に行く

1人旅行とかしたことなかったのに急に1人で旅行に行き出したりした。

とにかく新しいことワクワクすることを求めていた。

広島

そんなこんなで1回目は広島へ

▼広島原爆ドーム

なんでだか原爆ドームがどうしても見たくなった。

自分の中の日本人としてのなにかが訴えかけてきたのか無性に惹かれた。

原爆ドームを見て感じたこと

それは、

戦争の悲しみと惨さと悲痛さだった。

今の自分が生きている時代がいかに恵まれているのか、
改めて考えさせられた。

屋久島

1人旅行の味をしめて2回目は屋久島

▼屋久島

なんでだか、

「屋久杉が見たい!」

と思い立ち屋久島へ行った。

屋久島と言ったらジブリの「もののけ姫」のモデルとなった森である。

屋久杉を見るために確か8~10キロくらいの距離を歩いた。

▼山道やトロッコの道をひたすら歩いた

けっこうしんどかった記憶がある。

雨が降る中しんどい思いをして、
念願の屋久杉に辿り着いて思ったこと、

「アレっ、思ったよりも大きくないぞ・・・」

なんだろうか、、、

自分の中でイメージを超バカでかくしすぎちゃったのがいけなかったのか…

屋久杉を見に行く人は、

「屋久杉って超デカいんだろうな~」

って、あまりイメージをつくっていかない方がいいかもよ。

初海外旅行へ行く

1人旅行で勢いがつき今度は初海外旅行へ。

さすがに初海外で1人は無理なので海外旅行慣れしてる友人と行くことに。

  • 1回目はベトナム
  • 2回目は中国
  • 3回目はインド

20代中盤にもなって海外に行ったことがなかったので、
この時に行っておいて本当に良かった。

ベトナム

海外1発目は、ベトナム。

初めての海外ってこともあって1番おもしろかった印象がある。

街を歩いているとめっちゃ客引きが寄ってきて、
初めての海外に完全にビビった…。

バイクタクシーの客引きのおっさんが超しつこくて結局、

「面白そうだから、バイクタクシーで観光しよう」

ってことになりおっちゃんのバイクの後ろにまたがり、
バイクタクシーで観光地を回ることにした。

▼バイクの荷台からの写真

▼バイクの荷台からの写真

ベトナムの人ってバイクに荷物を載せるスキルがハンパない。

これ日本でやったらスグに捕まるよw

バイクタクシーで観光しようと決めたものの、
実はおっちゃん達は悪い人でどこか知らない場所につれていかれて
身ぐるみはがされたらどうしよう…。

なんていう不安は多少あったけど、
結果いい人たちで楽しいベトナム旅行になって本当によかった。

中国

海外2回目は中国

友人と旅行先を決めていた際に、

アジアミステリーツアー

なるプランを見つけ、

「なにこれ?行き先が分からないって面白くねぇ!?」

っていうノリで決めた。

「日程とか見るかぎりアジアの近いところだね」

と友人が予想してて

その結果、

中国だった。

そんなに印象に残ってないってのが正直なところ。

中国の旅行のことで覚えてるのって、
公衆トイレがとんでもなく汚くて臭いっていうくらいしかない…。

インド

海外3回目はインドへ。

「人生感変えたかったらインドへ行け的なノリで。」

(インドを軽く旅行した程度じゃそんなに変わらないよ)

街を歩けば牛がその辺にいて、
ウンコとションベンをまき散らしてるのが普通の光景。

ご存知かと思うがインドでは牛は神とされている。

「神様どうか糞尿をまき散らさないでください。」

それと、

物売りと物乞いの人がたくさんいる。

これには凄いカルチャーショックを受けた。

中には手足が不自由な人とかいたりした。

これがインドなのかって。

物乞いの人に対してどうしていいのかわからなかった。

1人にお金をあげてしまうと沢山人が寄ってきてしまうだろうし、
中にはビジネスの物乞いもいるらしいので。

どうしていいかわからずなにもできませんでした。

▼ガンジス川にて

1人だけ海外旅行の経験値が低いので、
リュックをガッチリと前で背負うスタイルの僕。(左)

衝撃的だったのはガンジス川の川岸で布にくるまれた少女の遺体があった。

そのあと火葬したのかなにか儀式をしたのか分からないけど、
インドの人たちの生活の中には当たり前のように死があるんだなと驚きだった。

バックパッカーで旅したとかではなくチョット旅行しただけだけど、
インドという国は衝撃がたくさんあった。

寝台列車に乗ったけど到着時間が2時間とか平気で遅れるしね。

5泊くらいの日程だったけど毎日毎日カレーで、

「もうカレーはいいよ・・・」

って状態になってたw

後半のホテルの朝食でカレーじゃないメニューが出た時は、
凄い嬉しかったのを覚えてる。

スノーボード


(※このジャンプしてるのは僕ではありません、こんなジャンプできるわけない)

この頃、スノボードもやるようになった。

「スノーボードなんてチャラいやつがやるスポーツだろ!」

なんて思っていたけど、

実際やってみると超難しいし自然の環境が大きく影響するスポーツだから
その過酷さを思い知った。

ジャンプとかしてる人たちがアホみたいなレベルの人たちなんだと分かった。

なんの世界でも踏み込んでみるとわかることがあるなと感じたよね。

富士登山をした。

日本人なら1度は登っておくべきだろうと、
そんなノリで富士登山もした。

初心者は山小屋に泊まった方がいいのかもしれないけど、
お金を浮かす為に山小屋には泊まらずハードモードで挑むスタイル。

その結果、睡眠不足と疲れで歩きながら寝てた時間帯もあったりしたw

富士登山をまたやるかと聞かれたら、

 

やらない!(どん!)

 

1回で充分、もういい。

それくらいしんどい記憶しかない

▼力尽きて富士山頂上の適当なところで寝る図

初めて富士登山をする人は無茶をしないように。

友達の誘い、飲み会に行くようにした。

人見知りで酒が飲めないから、
友人の飲み会の誘いは基本的に断っていたけど、
誘われたら行くようにした。

少し無理してた部分もあるけど無理矢理にでも動いてた。

なんだか今思うと柄にもなく少しリア充に片足突っ込んでる気もする…

「ウェーイ!」

ではなくて、

「ウェーイ!」

くらいにはなっていたのかも…。

多少若者っぽいこともしたりして20代中盤を、
ほんの少しだけ活動的に楽しんでいたかも。

まとめ:その延長で東京へ上京する

27歳の終わり頃、地元の栃木を出て上京することにした。

その当時コピーライターという職業に興味を持ち、
コピーライターの養成講座に通おうと思ったからだ。

(結果コピーライターの道は挫折)

関連記事:宣伝会議コピーライター養成講座基礎コースに通った感想、通いたい人へのアドバイス

20代の後半に上京するなんて、
我ながら思い切った行動に出たなと思う。

今思えばそれまでしていなかった、

新しいことをすることが小さな変化となって、
それが助走となり上京という大きな変化に繋がったのかなと思う。

もしかしたら、

飲み会やスノボをしてなかったら、
上京なんてしてなかったかもしれない。

「全然関係ないじゃん!」

と思うかもしれないけど、

バタフライエフェクトという現象がある。

ブラジルで1匹の蝶が羽ばたいたとしたらその蝶の羽ばたきが、

遠く離れたテキサスでトルネードを引き起こすかもしれない。

っていう話。

つまり、

些細なことが徐々にとんでもないことの引き金になるかもしれないってこと。

だから、

飲み会とかスノボとか海外旅行とかどれか1つでもかけていたら、
コピーライターに興味を持つこともなく上京もしていなかったかもしれない。

「いきなり何もなく上京するってことにはなってないと思う」

そう考えるとチョット人生って面白いなと。

今、死にたい生きているのが辛いって思ってる人がいたなら、
なにか小さな変化でいいから起こしてみるといいかもしれない。

それは例えば、

いつもと違う道を歩くとか、いつもと違うコンビニに行ってみるとか、
そんな些細なことがやがて大きな変化に繋がるかもしれない。

それが積み重なって気が付いたら、
死にたい辛いっていう状態をいつの間にか脱しているかもしれないですよ。

あなたのなにかのキッカケになったなら幸いです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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