20歳から15年ぶりの中学校の同窓会には出れない、地元にはまだまだ戻れない

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27歳で栃木を出て上京した。

現在は36歳。

25歳の頃、家がグチャグチャになって崩壊して両親は離婚した。

 

姉は結婚してて家を出ていた。

母親と妹は家を出て二人暮らしを始めた。

自分と親父は実家に残り二人暮らしを始めた。

 

2年間父親と二人暮らしをしてその後27歳で家を出た。

 

GW、お盆、正月などの連休には地元に帰省する。

実家に帰省するのではなくて地元に。

 

自分の中では実家というものはとっくに無くなっていて

家族に会いたいと思う気持ちもなく、会う必要もなく

もう何年も家族には会っていない。

 

地元の友達に会いたいから帰省している。

地元に帰るとなんだか気持ちが落ち着いてやっぱり地元の良さを感じる。

でもなんだろうか、

少し時間が経つと、

 

地元ってやっぱりなにも無いなという気持ちと同時に

自分がまだ東京で何もなしえていないという気持ちに襲われて

自分はまだまだここには戻れないという気持ちになる。

 

2018年今回のGWも帰省したけど今回の帰省は

いつもは感じない、ソワソワとした気持ちがあった。

 

それはなぜかというと、

 

GW中に20歳の時以来の15年ぶりとなる中学校の同窓会が開かれるからだ。

自分にも同窓会の連絡は回ってきていた。

 

もちろんというか、当たり前と言うか、

 

僕は欠席した。

 

20歳から15年ぶりに開催される同窓会、

 

15年という長い時間が経過していれば、そりゃあみんな立派な大人になっているのだ。

 

結婚して子供がいて家庭を持っている人

仕事をバリバリこなして会社で偉くなってる人

そんな同窓会に自分のような人間が行けるわけがないのだ。

 

何か少しでも胸を張れる物があるのか、

そこにいれるような自分であるのか、

そう考えた時に自分には何もない。

 

同窓会ってのは、それぞれが様々な理由や事情はあるにしろ

少なからずその人の中で参加する為のボーダーラインをクリアしているのだと思う。

 

周りの人がどうこうとかじゃなくて自分の中で。

 

同窓会までのそれまでの人生を頑張って送っていた人が

結果そのボーダーラインをクリアして

胸を張って同窓会に出席する事ができるのだ。

 

「久しぶり~元気だった?」

 

と、旧友やクラスメイトと酒を飲み、昔話に花を咲かせる事ができるのだ。

 

いつもの帰省には無いソワソワと落ち着かない気持ちを胸に

あと数時間で同窓会が始まるという頃に僕は東京に戻る電車に乗った。

 

電車の中は人がスカスカで、

東京だと身体の前に背負わなくちゃいけないリュックも背中に背負ったまま

車窓の外に流れる緑色の田園風景を眺めながらいつもの日常が待つ東京へと戻った。

 

次に同窓会があるのはいつだろうか?

40歳の頃だろうか?

 

今後、今回のような全クラスを集めての大きな規模の同窓会はもうないだろう

 

20歳から15年後というとても区切りも良く、タイミングも良い今回の同窓会。

本音を言えばやっぱり出てみたかった。

 

そして、

旧友、クラスメイトに

 

「おー久しぶり~、元気だった?」

 

と、昔話に花を咲かせてみたかった。

 

翌日、友人が同窓会の写真を送ってくれた。

 

久しぶりに見る

担任の先生

旧友

クラスメイト

好きだったあの子

 

みんな良い感じに歳を重ねた顔になっていた。

すっかり母親、父親の顔になっていた。

 

僕はそんなみんなと肩を並べられるのだろうか、

久々に会って語り合えるのだろうか、

 

「どうだったよ、会ってない間?」

 

なんて笑って語りあえるように、もう少し東京で踏ん張ってみようかと思う。

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